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2008年4月 7日 (月)

親と子供と上司と部下と

 こんなこと言い出すと、かなり末期のオヤジかもしれない。でも最近思ったことなので書いてみよ。(注:音楽と全然関係無いので、興味と時間の無い人はくれぐれも読み飛ばしてください)あてはまる境遇の未来ある若人が参考にして貰えるなら嬉しい限りです。って、なんでそんなにエラそーやねん。

  子供の頃、親父に言われて一番イヤだったのが「近頃の若いもんはええのぉ、モノがこんなに豊かでひもじい思いもせずにすんで・・・幸せやなぁ!」という言葉だった。もぉ、何回聞かされたかわかんなくて聞くたびにウンザリした。しかし昭和一ケタ生まれ、バリバリ戦争体験者の親父が言うのだから説得力はある。僕んちは裕福ではなかったが、3食食べれるし、布団もあるし、こたつや扇風機もあった。しかし内心(「そのかわりモノの有りがたみが分からないのはある意味不幸やで~」)と子供ながらに思ったが、シバかれるので一度も口に出さず、「はいはい」と素直面(ウソ、反抗期は無視・・・親父スマヌ)で聞いていた。

 少し成長して、立派な大人に言われて一番イヤだった言葉は「最近の若いもんは云々・・・」というくだり。そんなこと言われても「逆に近頃の大人は・・・・」と言い返せることが山盛りあった。これは今思うにジェネレーションギャップだったのか、考えると立派な大人も中途半端な大人もどっちもだらしなかったし、どっちも良いとこはあった。今の自分は「まぁまぁ、そう言わずに・・・」と当時のお互いをなだめれる客観性は少しあるやも。

 客観性が持てず最近考え込むのが、「ある程度大人になった今の自分達」と「若い人達」とのギャップ。

 この時期になると、「社会人一年生」「業界一年生」という若モノちゃんとそこそこ出会う。しかし、社会に出る時点で持ってるべきもの「敬語の使い方」「挨拶の仕方」が殆ど出来てない人が多い。学生時代ナニしとったん?と、聞きたくもなるが、まずそこから教えるのにしばらくかかる。あとは、現場に弱い。人とのコミュニケーション「理解力」と「表現力」が劣ってる人が多いのです。これは、なに?ネット世代の功罪???はやらないかもしれないが、音楽業界は所謂タテ社会が(緩んだとはいえ)基本なのと、「モノ」でなく「人(アーティスト)」を売ってなんぼなので、この辺りが欠落してるとかなり辛い。たとえ仕事を「教える」にしても、「人」に携わる時にマニュアルは無いから、昨日「シロ」だったものが今日は「クロ!」ってこともザラにある。それは言葉で説明しようにもなかなか難しく、感覚とキャリアで理解して貰うしかないので「教える」という行為はやはりかなり難しい。

 長野のヒノキ職人の人だったか、新入りの子にはやはり「背中見せる」ことしかしない、って話しを聞いた。木は一本一本育ち方も違うので、裁断、加工の仕方がそれぞれ違うらしい。だから教えれないのでひたすら「見せる」しかないのだと。これ、音楽業界にも言えた。知り合いの何人かの人に相談したら、やはりみんな「教える」ことはしてないそう。そうか、そうかぁ、そーですよね。基本は「盗む」んですよねぇ。

 あれね、あと圧倒的にギャップを感じるのは、今の人達は多分「怒られ慣れてない」。でもそれは子供の責任では無くて、子供が先生にシバかれると親が学校に文句言う時代だから、しょーがないかもしれない。先生にシバかれるのは、それなりに“悪いこと”を子供はしたわけで。そんな自分の子供の落ち度を棚にあげて「あんたうちの子に手ェあげたわね!」と、先生をやり玉にあげるアホな親が居るばっかりに生徒を殴れない今の学校教育では、怒られ慣れてる子供が居る方が不思議だ。そんな打たれ弱い子供がたくさん世に出てるのは結局、アメちゃん舐めさせてる親の責任かと思う訳です。

 自分が子供の頃は悪いことすると先生に有り得ないくらいぶっ飛ばされて、顔腫らして家に帰ったら、また親に殴られて、挙句親が学校に電話して「申し訳ありませんでした」と「謝り」、かつ殴って頂いたことへの「お礼」を言ってしまう、今では考えられない“手厚い”対応。どこまで行っても子供がやったことへの見極めと将来への不安が、愛情となって「体罰」という行為につながっていた。被害者(?)としては、イタさだけが残ってその時は分からんかったのですが、殴って育ててもらって今はとても感謝してます。

 自分の子供(今度小学4年)がこないだ学校で悪ガキ何人かとお菓子を食べて怒られた。最初、共犯の友達が何人か吊るし上げられた時には、情けないことに知らないフリして座っていたらしい。誰かがチクって芋づる式にお菓子食ったのがバレてしまい、「このことを家に帰って自分から報告する先生との約束」も守れず、結局先生から電話がかかってきてことの顛末を知る情けなさ・・・・。散々怒られて懲りたよーだが、うちはほぼ母子家庭なので僕的にはなかなか会話がするタイミングが無く、事件からかなり遅れてその時のことを話してみる、聞いてみることに。「やったらアカンことは人間はやってみたい生き物」なので(♪ワイセツや欲望やボロ儲けの罠~や~♪byOT「息子」)、自分も「アカン」と言われたことはやってきたし、そこは突っ込めない。「学校でお菓子食ったらさぞ美味かったろ~?」と、そのこと事態は否定せず、しかし家にも学校にもルールがあることを確認する。(「教えた」なんて横柄なことは母子家庭なのでとても言えない)

 そのあと、一緒に食った友達が立たされてるのに「自分からやりました」と言えなかったことと、帰って母親に「お菓子食ってしまった」ことを言えなかったことの不甲斐なさが残念であることを確認する。人間一度逃げると、そのあとも逃げっぱなしなのである。そこで、言い出せる勇気を持ってください(「持ちなさい!」なんてことは母子家庭なので言えない)、と話してみる。うなずくが理解してるのかしてないのかは正直良く分からない。しかし次やったらシバキなのである。(母子家庭だがシバクのです)

 親として既に落第なので「近頃の若いもんは・・・」という権利は毛頭無い。無いんだけど、人間未熟だから言いたくもなってしまう今日この頃。中日の落合監督によると「選手の個性を伸ばしたい」のなら“そんなことも出来ないのか!”って言葉は、口が裂けても言ってはいけないらしい。ふむふむ、なるほど。それは確かにそーだ、褒めて育つことも多分にある。しかし、それは子供の頃から野球は地域で一番であり、生え抜きでプロの世界に入れた人のマニュアルな訳で。一般社会の我々からすると、没個性だから「そんなことも出来るよーになる」ことから始めないといけないのになぁ・・・と思ってしまうと「そんなことぐらい出来ろよ~!」と言ってしまったりするのです。

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