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2007年5月26日 (土)

見れたものと見れなかったもの

 ちょっと体調を崩して、POLYのライブに行けなかった。。。担当は男湯ちゃんなので、別に僕が行ってもナニの足しにもならない自信は人一倍あるのですが、個人的には10年にして過去最高の勢いを持ったバンドの、大阪でのライブは何があっても見ていないといけなかった。アカンたれです。入れ替わりで、6/2、日比谷野音の招待状を頂いた。(なんと、これも売り切れ!)当日は、大阪の野音でRUSH BALLがあって、アナログフィッシュさんやフルカワミキティが出演するのと、次の日に自分のイベントがあるので引継ぎで行かないといけない・・・。

 今年の春からLOSTやスパルタや、「節目」になる日々谷野音に行けなかった。タイミング的に大阪でも週末イベントが多い時期なのですが・・・なんか情けない。日々精進・・・しても、ダメなのか?

 久々に天王寺に行った。串かつを食べた。802の特番でマーキーさんと民生さんとで行った以来。仕事で普段行くことが殆ど無い土地ながら、もっとライブハウスや音楽的なものがあっても良い街なのにぃ・・・と思いながら。フェスティバルゲートがもうすぐ閉まるので「BRIDGE」という小屋も無くなる。もう一つ個人的に、悲しいのが「大阪プロレス」のデルフィンアリーナも無くなること。(これは推測で、フェスゲが無くなるので当然ここも無くなると勝手な解釈)

 たまたまやってたので、大阪プロレスもついでに見た。何度か見たけど、数百人規模のこじんまりとした会場に、子供~大人まで楽しめる「解りやすさ」と「キャラクター作り」が、大阪っぽくて好きだった。大阪城ホールでロックイベントやった時に来て貰ったらお客さんにも大好評だった。「ROCK」と「プロレス」はやはり近い。

 第一試合の若手から、軍団通しの抗争、えべっさんやくいしんぼう仮面らのB級キャラやら・・・子供の頃に嗅いだ「昭和のプロレス」の臭いと「大阪マインド」が見事に融合された逸品でした。天王寺って場所柄もまたステキだった。この場所無くなったらどーするのかな?いやはや寂しい。

 天王寺はやっぱり良い。街と人に力がある。定年なったら、ここでライブハウスの親父になるのが密かな夢だったりします。

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2007年5月24日 (木)

「運」

 夏のイベント含め、春から今まで仕事のピーク到来。例年より、ちょっと激しい。キャパシティの少なさと、優柔不断も手伝って何かと自分的には遅れている。遅れると、色んな人に迷惑をかけてしまう(桜井章一先生の教え)。そいえば、唯一の趣味の麻雀もここ数ヶ月ご無沙汰だにゃ~。いやしかし、多忙って言ってもスタークラブの松原君に比べたら「屁」みたいなもんです。

 午前中大阪城野音に6月3日の「想う壺音泉」の打合せに行った。現場的な打合せは、滞ってないのだけどあとは内容とか付随するもののツメを1週間でやらなければ、という状態。当日のビックリ企画や、8/25・OTODAMA`07とお客さん参加型での企画も考えてます。チケット¥1000で出血発売中。6/2のRUSH BALLはもう売り切れ間近みたいです。そいえば子供の頃から何やっても1番にはなれなかった。今も変わってないみたい。これではいけない。40前にして変わらなければ(イチロー先生の教え)。

 少し前に、知り合いの師匠的な人と「運」について話した。「運」には二つあって、「どうしようも無い運」と「どうにかなる運」てのがあると。前者は例えば「宝くじが当たる」とか、不可抗力極まりないもの。ホントの偶然で、それ自体はどーしようもないこと。も一個の「運」は、「常に全力で物事にに向かっていけば、全力を出してないよりはチャンスは確実に増える」という「運」。これは、運では無いといえばそこまでですが、「運も実力のうち」というのはこのこと指すのじゃないかと。

 例えばバンドを組んだとする。必死で練習して、ライブハウスにプレゼンして、毎回ライブを必死でやる。レコード会社に必死でデモテープを持っていくetc・・・。先天的に、才能無ければ別ですが、これらのことを限界までやってる人と適当にやってる人では、めぐってくるチャンスも変わるのではないかということです。そこでめぐり遇った人が「良い」か「悪い」かは、またこれ前者の「運」になるかもしれないけれど、「良い」人にめぐり遇う確立は絶対に増えるはず。

 バンドに限らずこれはスポーツでも、仕事でも、何でもあてはまる気がする。イチローが「打てないボールをなくす為に日々練習する」のと一緒のような気がする。「運を上げる」というより、小さいことの積み重ねで「確立を上げる」ということかもしれない。「運が無いなぁ・・・」と言ってる人は、えてしてこの確立を上げる努力をしてない人が言ってるような。逆に言うと「運」に逃げないってことね。

 そう思ってから、麻雀する時に「ツイてないなぁ・・・」と思わなくなった。「努力が足りんのだぁ」と思うようになった。基本ギャンブルはやんないのですが、麻雀するのはこの「努力」が報われるゲームだからです。

 あれ、話しがあっちにこっちに行ってしまっつ。うーんと、要約すると、イベントもワンマンライブも常に成功させる為には日々精進なのだぁ!ということですね。はい、松原君を見習います。

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2007年5月23日 (水)

嘘つきバービー

 エピック・コワルスキーのアメちゃんにずっと「見て見て~!」と言われていたバンドが居た。表題のバンドさん。名前が既に「意味不明」。佐世保の3ピースバンドさんです。今日やっとスケジュールがあって京都は「nano」というとこに見に行った。

 京都は「磔磔」にせよ「拾得」にせよ、こんなとこに「ライブハウスがあるのか~?」と、道中不安になるところが多い。ここも正にそんな住宅街の静まり返った中にあった。京都は一歩中に入ると、すぐ景色が変わる。面白い土地だ。リビングを無理やりスタジオに改造したような?そのスペースは、一見おしゃれでライブハウスっぽく無いのに、何故か「バンド愛」を感じた。「自分の家に好きなバンドを呼んでます!」って、ステキな臭いがした。

 いざ、ライブが始まるとドラムの人はズボンがずれ落ちかけ(まもなく見えそうです)、ギターの人は椅子に座ったまま激しく演奏、ベースボーカルの人はずっと壁見て(お客さんに横向きってことね)歌ってる。安易だけど、ちょっと変で可愛い(失礼)パフォーマンスの「ゆらゆら帝国」と言えば解りやすいのかな?オールドロックは基本的に好きなので、全然嫌じゃ無かった。でも、「音泉さんに是非見て欲しい!」と言われて見にいくとたいがい最近こんなバンドの皆さん。いや、そりゃ好きですよ全然。でも、スピッツもサザンも山下達郎さんもetc・・・ど真ん中の万人が有無を言えない人も大好きなのになぁ・・・・。なんか誤解されてる気もした。いやしかし、そんな誤解も実は嬉しかったりするのも然り。

んで、結局どっちなん?自分?

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2007年5月22日 (火)

「想い事」

  Coccoちゃんが、毎日新聞で月イチ連載していた「想い事」というコラムのスクラップを頂いた。僕は、朝日新聞なのでいつも断続的に遅れてチェックしていたのだけれど、1度に全部読める状態で貰えたのは嬉しかった。

 「想い事」というタイトルが彼女らしい。日本語としてはちょっと変だけど、コラムを読み返すと違和感が無くなる。「思い」じゃなくて「想い」という言葉も意味がある気がする。

 今までおおよそ明かさなかったであろう少々プライベートな出来事や、沖縄に対する「想い」や、幼少の頃のささいなことやetc・・・全てが読んでいて興味深く、普通のコラムと違うのは文章が既に「詞」として成立していることだ。通常、用いない表現、行間に存在する意味や、マジとシャレが混在する強弱のつけ方や・・・読んでいると夢中になってしまう。

 僕ら凡人には、思いつかない感受性の豊かさが感じられます。

 同時に6月25日発売のアルバム音源をイチはやく聴かせて頂いた。ここ数年の活動の流れからすると非常に自然に聴ける内容だった。更に間口が広い、人間や自然や過去や未来や、いろんなテーマがかいま見える優しい作品だった。初期の彼女しか知らない人にとっては、違和感あるかもしれない。でも彼女がデビューしたのは、もう10年も前のこと、、、月日は流れて人の想いも変わっていくのが自然。そっからすると全く違和感は無かった。鋭角的だった初期からすると、肌触りは確かに優しい。でも根っこにある“芯”は何も変わっていないことにも気付いた。

 僕は、普段あまりアーティストにプライベートの話しを聞けない。感受性が激しい人が多いから、普通の人より確実に傷ついてる人が多い気がして、そこを敢えて聞かれるほど辛いものも無いのではなかろうか?という、これまた勝手な解釈をして(人見知りなだけやろ!)、作品やライブで勝手に推測している。

 Coccoは特に、そんな話しをしたくないアーティスト。わざわざ、傷口に油を塗るようなアホなことは死んでも出来ない、と思っていた。しかし、いつもその「訳」を彼女の方から話してくれてる気がした。「想いは届く」という彼女の名言がある。「言葉にしないと解らない」こともある。今、「言えない」ことは何も無いのじゃないだろか?「言わない」ことよりも「伝わらない」悲しさの方が上まわっている気もした。だから出来ることは何でもして「伝えよう」としている。「優しい」けれど強靭な「意思の強さ」が感じられる。最高傑作だと思います。

 一人でも多くの人に、是非聴いて欲しいです。

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2007年5月21日 (月)

OTODAMA出演者第一弾発表!

 今日、8/25“OTODAMA`07”のキャスティングをHP上で一部発表させて頂きました。第一弾は、奥田民生さん、木村カエラちゃん、CoccoちゃんにMONGOL800の皆さんです。どですか?どですか?

 このイベントのキャスティングは毎年こだわってやっています。もちろんイベントする主催者は大なり小なりこだわり持って当たり前で「そんなもん今更言うな!」、って話しなんですが。

 出演者の皆さんに対しては、「この日この場所で演奏して貰う意味合いがある」「ライブを基軸に活動している」「ライブが圧倒的である」「出演者の皆さんにも楽しんで貰えるキャスティング」「僕らが大好きでかつ見たい!」etc、幾つかの「想い」を持ってお願いしています。そんな「想い」は、またこの日記で触れていきたいと思います。

 お客さんとの関係で言えば「ライブが無い生活が考えられない」皆さんに、「知らなかったアーティストを知って貰える場所にすることや、1年に1回同じ「想い」を持った「アーティストと僕らスタッフ」そして「お客さん」とで1日を共有し、同じ方向を向いていることを確認する「場所」、何もマチガッテないことを実感する「場所」になればサイコー!そんなイベントになることを念頭に取り組んでいます。

 毎年同じこと言ってますけど、去年も一昨年もそこは変わらずに。そしてもちろん今年も変わりません。これからも変わらないと思います。飽き性ですけどそこだけは一環してます。そこに加えて毎年この仕事を通じて、感じたことを大事に加えて作っていきたいと思っています。「学園祭」の精神をもって「エエカッコせず」「正直に」、お客さんの目線でも頑張りたいと思います。

 イベントホームページも少しづつ充実させていきます。随時、出演者の皆さんも発表していきますので、是非楽しみにしておいてください!そして、良かったら泉大津フェニックスで今年もお会いしたいです。是非宜しくお願いします!

まずは簡単な初心表明でした。

  

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2007年5月20日 (日)

SWEET LOVE SHOWER

 「SWEET LOVE SHOWER」2日目、というか本番日。昨日が無料で今日が有料。しかし、このタイトルもう慣れてしまって違和感無いけど考えたら凄い名前だ。訳すとちょっと恥ずかしい。日本語では僕チン口に出来ません。考えすぎ?

 OPENING ACTで榎本くるみちゃんが歌わせて貰えた。4月の802ヘビィローテーションが決まって、開場中だけど15分頂けた。2曲、ナイスなピアノを弾く皆ちん(YUKIちゃん始め、色々やってるステキなヘアスタイルのロケンロー・キーボーディスト。「JOY」のイントロをライブで外したことがあるらしい・・・一番ハズしたアカンとこやん!)と二人で。いわゆるアコースティック編成。

 久々に野外で聴いたくるみちゃんは、新緑と青い空に圧倒的で伸びやかな声が吸い込まれる感覚がして気持ち良かった。決して悪いライブじゃ無かった。ヘビローにもなっているのでお客さんはみな曲は知っている筈なので、そんなにウケも悪く無かった気がする。でも、この日はHiGE、pillows、チャットモンチー始め、「バンドサウンド」を基軸にするアーティストばかり。くるみちゃんは異質に写ったかもしれない。(SAKEROCKの変態質はここでは除外!爆笑でしたけど)

 くるみちゃんは、本来バンドを従えて“グルーブ”に歌をのせてライブをするので、出来ればその形で出来ればもっと良かったかもしれない。今日のお客さんを前にすると余計そんなことを思った。「バラードが得意なシンガーなのかな?」とだけ思われたらちょっと悲しい。バンドの時はもっと違う感じ方が出来るのに・・・・。アコースティックの良さも逆にあるのだけれど、今日は違う見せ方の方に理想はあったのかもしれない。

 正解が無いから、イベントをはじめこの仕事は面白い。やってみないと解らないからライブは面白い。面白いけど時には、いたたまれなくなったりもするから次に向かえる。

 昨日、今日通してイベントの難しさや面白さを再認識させられたのでした。

 

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