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2006年11月 1日 (水)

「消耗」について考えるの巻

アーティストは消耗品じゃない。人間だから当たり前か。しかし、消耗されることはある。

 ライブで言うと、まず「タダ」で見せると消耗される。そこでお金とらないだけのリカバーが無いと、単純につじつまが合わなくなる。「CD販売」と、「ライブのチケット」が主なアーティストの収入(著作権印税ってのもありますけど)手段と考えると、「無料ライブ」と言うのはかなり勇気がいること。新人の人はまだいいかもしれない。でも、自分の取り決めとしては大々的なタダのライブは1アーティスト、その地区で生涯1回だけ、と決めている。そうじゃないと、自分自信の首もしめることになる。(タダでも、それに変る「何か」があれば別かもしれないですけど)

 チケット売ってお金頂いていても「やり過ぎ」、「出過ぎ」だと消耗される。「イベント」にせよ「ワンマン」にせよあまり乱発は良くない。イベントで人気のあるバンドを呼んで、他のバンドがみんな集客出来なければ、唯一集客出来るそのバンドは明らかに消耗される。

 時に宣伝活動も消耗される。共通言語が無い第3者からの質問は大変消耗される一因。若しくは明らかに畑違いの層にプレゼンしてる時も然り。顔が見えないと特にダメかも。

 そんな様々な形で消耗される要因の殆どは、アーティストに罪は無い気がする。まわりに居る僕らみたいなアホな人間が原因な気がします。

 なんでこんなこと書くかというと、実際「消耗」されるようなブッキングを頼まれることがしょっちゅうあるから。殆ど、まず断りますけど。例えば「村おこしで誰が呼べません?」とか。そんな一般の方の純粋な希望はまだ良しとして、音楽関係の仕事してる人からそんなオーダーを頂くことがある。アーティストのこと考えて無いの、多分。アーティストは死ぬまでアーティストをまっとうさせようとは考えないの、そんな人達は。「居なくなっても、僕は関係ないモン!」多分そんな感じ。それさえも何も考えてないかも。若しくは「消耗品」だと思ってる人もいる。こんな人と同じ「畑」であうと、それはもうかなり萎えます。

 かく言う僕も振り返ると、信じられない「消耗」を負わせたことは何度もあります。その時は感じなかったけど、今思うと懺悔したいライブブッキングやプロモーションはひとつやふたつじゃ無いのでした・・・・。そんな現場では、例えようの無い寒い思いをしたのも確か。ホント逃げ出したい。終わって本人やまわりの人に合わす顔が無いの。犯罪おかした気分。年とともに少しづつ、そうならないようにはなってきたかもしれないけれど、まだ危うい。まだまだ危うい。

 なので、いつでもそのことは考えながらスケジューリングします。長く続けるにはアーティストが「消耗」されないこと。これも僕らの仕事のテーマのひとつなのでした。

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